アンドレ・ボーシャン1873~1958
アンリ・ルソー以来の最もすぐれた素朴画家のひとりとされる。本職は植木職人で、40歳を過ぎてから絵を描きはじめた。
フランス中部アンドル=エ=ロワール県の田園部シャトー・ルノーに生まれる。初等教育を終えた後家業を継いでいたが、
第一次世界大戦の際に従軍、これが転機となる。測地法研修生の試験に応募、スケッチを提出したところ最高点の評価を得て合格し、
軍隊で測量図を作るなかで絵を描きはじめたという。除隊後も植木職人を続けながらこつこつと絵を描き、
1921年サロン・ドートンヌに出品して会員に推される。
画壇へのデビューであった。この展覧会を見たル・コルビュジェは、まもなく彼を訪問し、はじめてその作品を購入
、以後長年にわたり収集する。1927年のサロン・ドートンヌには、《マラトンの戦い》《ペリクレス》など大作4点を出品して名声を獲得、
さらに、ロシア・バレエのディアギレフが、新作『詩神に導かれるアポロ』のための舞台美術を依頼するなど、進歩的な芸術家たちの注目をあびた。
シニャック、ドローネ、ピカソなども高い評価を示している。
ボーシャンは、故郷を思わせる田園風景、およびそこに遊ぶ人物たち、
また本業の植木職人らしく植物を中心とした静物画などを描くが、素朴画家にはめずらしく神話画や歴史画も描いている。
子供の頃から読書好きだった成果であろう。いずれも、何物にもとらわれない独自の感性で、
それでいて正規の修業を経た画家たちには表現できない手法を用いて内容を的確かつ直截的に表現している。
とくに神話・歴史画は、個人的で恣意的な解釈でありながら、古典的な荘重さを見せ気品さえも兼ね備えている。
戦後シャルパンティエ画廊で大回顧展を開催するなど、パリ画壇の頂点に上りつめ、ロワール渓谷のモントワ—ルで没。85歳。
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