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渡辺恂三「都市」 P12号























   
 作家名  渡辺恂三
 タイトル  都市
 技法  油彩 石 セラミック
 サイズ  P12号 
 額サイズ  H73.5cm W59.2cm D10.5cm
 サイン  画面の下中央にサイン
 状態  作品状態は良好。額所々スレあり。差し箱
 略歴


渡辺恂三(わたなべ じゅんぞう)1933年(昭和3年)12月2日 - 2013年(平成2年)8月12日

1933(昭和8)年12月2日、東京市(現、東京都区部)に生まれる。
幼少期は算数や理科が得意だったため科学者になるつもりで、兵器の絵を描き、木を削って飛行機を作り、戦争に舞台にした長編マンガも制作していたという。東京都立戸山高校在学中から絵画を制作、阿佐ヶ谷洋画研究所や新宿・コマ劇場裏辺りにあった研究所に通う。
このころ、風間完や赤穴宏が好きで、大学一浪の時には朝倉摂の紹介で、赤穴と会っている。また日本国際美術展などで目にしたベン・シャーンと国吉康雄にも影響を受けた。東京藝術大学に入学後、
1956年 銀座・村松画廊で初個展を開催。同年第20回新制作協会展に3点を初出品し「ユダ」「ヨブ」が入選、旧約聖書から題材をとり、デフォルメした人物群像で人間の不条理を描く。
同年東京藝術大学同期の稲葉治夫、高山尚、豊島弘尚とグループ展「新表現」を結成し第1回展を開催。
1957年 東京藝術大学美術学部絵画科油画専攻卒業。同年第21回新制作展で「策謀」により新作家賞を受賞(1958年第22回展は「仏滅」「南無」で、61年第25回展は「記憶の裏側」で同賞受賞)。
このころ題材をキリスト教から仏教へ移行するとともに、支持体にベニヤ板を用いたり、紙粘土や木版の反古紙、麻紐などを用いたミクストメディアの表現を試みる。
1960年 第4回安井賞候補新人展に「法螺」「噂」を推薦出品。
1961年 第1回丸善石油賞に「賢者の論点」を出品。
1962年 第2回丸善石油賞で「内訌」が佳作賞を受賞。
1963年 9月第3回パリ青年ビエンナーレ(パリ市立近代美術館)に「内訌」「人格」などを招待出品。
1960年代に入ると、支持体に厚塗りした紙粘土を引っ掻くなど非具象の作品を展開。63年新制作協会会員に推挙される。
1964年 第15回記念選抜秀作美術展に「死んだ子の年をかぞえる」を招待出品(1966年にも招待出品)、他に第6回現代日本美術展の招待部門に「論争を積む」「世上騒然」(後者は課題作「東京オリンピック」特陳,
1965年、66年、68年、69年にも招待出品)、現代美術の動向展(京都国立近代美術館)、今日の作家展’64展(横浜市民ギャラリー)などに出品。
また同年中国生産力及貿易中心(台湾)で講師を務めるため、初めての海外渡航をする。このころ、晩年まで展開してゆくペン状の描具による線と明るい色面、歪んだ形態の女性像などによる戯画調の作品スタイルを確立。
1967年 第1回インドトリエンナーレに「人間幾何」「ロンド」を出品。
1969年 第5回国際青年美術家展において「車の中で」でストラレム優秀賞第1席を受賞。同年文化庁芸術家在外研究員として渡仏、滞在中にパリ、ギャルリー・ランベールで個展を開催。
1972年 東京造形大学を退職、再度渡仏(1981年まで)。
1972年より日本橋・春風洞画廊で個展を開催。
1976年 サロン・コンパレゾンに出品(1978年、80年にも出品)、カンヌ版画ビエンナーレ、リト部門第1位賞受賞。
1980年 日本秀作美術展に出品(以後1985年、88年、93年、2001年、03年にも出品)。
1985年、具象絵画ビエンナーレ(1987年、89年にも出品)。
1986年 池田20世紀美術館に回顧展「渡辺恂三の世界」を開催。その他の企画展として、埼玉県立近代美術館10周年記念展「アダムとイブ」(同美術館、1992年)、日本の美術・よみがえる1964年展(東京都現代美術館、1996年)、旅―異文化との出会い(国立新美術館、2007年、文化庁芸術家在外研修制度40周年記念)などに出品。
1998(平成10)年 京都文化功労賞受賞、
2001年 第14回京都文化賞受賞、
2004年 京都文化功労者顕彰。
2011年 第75回記念新制作展の展覧会委員長を務める。第二次世界大戦以後の現代絵画を、技術拡散と様式混交の「マニエリスムの絵画」と捉えて絵画制作に取り組み、初期作品から晩年まで技法の実験と変遷を繰り返しながら、自身の表現を追求した。
2013年 8月12日逝去。享年79才 

著編書に『新・技法シリーズ デザインスケッチ』(美術出版社、1966年)、挿絵にバリー『ピーター・パン』(集英社、1966年、母と子の名作童話24)、山本太郎詩集『スサノヲ』(筑摩書房、1983年)、絵本に『こっぷこっぷこっぷ』(福音館、1995年、こどものとも.0.1.2 7号、かみじょうゆみこ文)、論文に「表示方法に於ける透視図法の実際的問題に就て」(『千葉大学工業短期大学部研究報告』第2巻第2号、1963年、協力:赤穴宏、川口泉、佐善明)がある。千葉大学工業短期大学部工業意匠科助手、同大学工学部工業意匠学科助手、東京造形大学美術学科助教授、京都市芸術大学美術学部教授、宝塚造形芸術大学教授で教職を務めた。

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