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織田広喜 「赤い帽子 少女」 F30号














   
 作家名  織田広喜 
 タイトル  赤い帽子 少女
 技法  キャンバスに油彩
 サイズ  F30号 
 額サイズ  107.6×89.5cm
 サイン  右下にサイン
 キャンバス裏にサイン、タイトルの記載
 織田きじ男鑑定シール(次男) 
 状態  作品、額縁ともに良好  附帯品:差し箱、黄袋
 略歴


1914年 福岡県嘉穂郡千手村に生まれる。
1932年 画家を志し、上京。
1934年 日本美術学校絵画科入学。講師には大久保作次郎、のちに藤田嗣治、
      林武らが指導。
1938年 「みずゑ」主幹の木下正男邸に書生としてつとめる。
1939年 日本美術学校西洋画科卒業。
1940年 第27回二科美術展に『未完成(室内)』が初入選。
1946年 第31回二科美術展で『黒装』が二科賞受賞。 1948年岡田謙三の家に
      住み込み絵に専念。
1950年 岡田が渡米し、中原実の家に移る。二科会会員に推挙さる。
1951年 萬宮リラと結婚。
1953年 長男広比古誕生。サエグサ画廊(銀座)で初の個展開催。
1960年 初めての渡仏。翌年6月に帰国する。
1967年 第6回国際形象展の招待出品作で愛知県美術館賞を受賞。
1968年 日本橋・高島屋で個展開催。第53回二科展で内閣総理大臣賞を受賞。
      文部省買い上げ
1969年 「織田広喜画集」が大阪・日仏画廊から刊行。次男きじ男誕生。
1971年 パリ・エルヴァ画廊で個展開催。第56回二科展で青児賞受賞。
      石版画集<パリの女>第一集がフジ美術から刊行。
1973年 HIROKI ODA展 パリ・ギャルリーためながで個展開催。
1974年 アイズピリ、カシニョール、織田広喜3人展開催。
1975年 銅版画集<湖と白鳥と少女たち>が吉原・小林版画工房から刊行。
1977年 織田広喜展 日動画廊
1980年 二科会常務理事となる。
1981年 「織田広喜画集」が講談社から刊行。
1982年 福岡市美術館で初期作から新作まで110点余の個展。
1990年 「織田広喜作品集」が講談社から刊行。
     ニューヨーク・ギャルリーためながで個展開催。
1992年 勲4等瑞宝章を受章。
1994年 ミュゼ・オダ開館。
1995年 恩賜賞・第51回芸術院賞受賞。芸術院会員に就任。
1996年 碓井町立織田廣喜美術館開館。
1998年 妻リラ死亡。享年71歳。赤い帽子・織田廣喜ミュージアム開館。
     次男きじ男とともに渡仏。
2006年 二科理事長就任。
2012年5月30日 98歳没。没後、従四位に追叙された。

収蔵: 東京国立近代美術館、愛知県美術館、佐久市立近代美術館
    織田廣喜美術館他

 評価  美術市場2012年版評価額30号=900万円。(画廊や百貨店で実際に販売されている価格)
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