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石本 正 「舞妓」 P10号



































   
 作家名  石本 正
 タイトル  舞妓
 技法  紙本・彩色
 サイズ  P10号 53×41cm
 額サイズ  74×62cm
 サイン  画面左下に印譜、額縁裏に共シール。
 状態  作品の状態は、良好です。額装の状態も、概ね良好です。クロス箱・黄袋付き。
 略歴


石本 正 (いしもと しょう)

1920年 島根県那賀郡岡見村(現在の三隅町岡見)生まれ。
    島根県立浜田中学(現:島根県立浜田高等学校)卒業。
1940年 京都市立絵画専門学校(現京都市立芸術大学)に入学した。
1944年 9月、京都市立絵画専門学校(現:京都市立芸術大学)日本画科卒業
1947年 復員後第3回日展に「三人の少女」が初入選。以後2年間連続入選。
1944 年 9月、京都市立絵画専門学校(現:京都市立芸術大学)日本画科卒業
1951年 「旅へのいざない」など四度新作家賞を受賞。
1950年 活動の場を創造美術に求め、第3回創造美術展で「五条坂」・「踊り子」が入選。
1956年 新制作協会会員。
1964年 よりしばしばイタリアに行き、中世イタリアに取材した作品を多く発表する。
1970年 京都市立芸術大学教授となる。
1971年 第3回日本芸術大賞、第21回芸術選奨文部大臣賞を受賞したが、以後全ての賞を辞退。
    そのすぐれた表現力は多くの作家に影響を与え続けてきた。
1974年 創画会設立後は同会の中心的存在として毎年出品している。
2015年 没(享年95才)
創画会会員、京都市立芸術大学名誉教授、京都造形芸術大学教授。

<詳細画歴>
1920年 7月3日、島根県那賀郡岡見村(現浜田市三隅町岡見)に生まれる。
1940年 京都市立絵画専門学校日本画科予科入学。同級生に三上誠らがいた。
1943年 学徒動員により招集。その後、気象第1連隊に配属となり翌年中国へ渡る。
1944年 京都市立絵画専門学校日本画科本科を半年間繰上げ卒業。
1945年 8月15日、気象観測の受信機で終戦の玉音放送を聞く。
    翌年復員。その後しばらくして京都へ戻り本格的に創作活動に入る。
1947年 文部省「第3回日本美術展覧会」に《三人の少女》が初入選。この時福田平八郎氏が激賞する。
1948年「第4回京都市美術展」に《風景》を出品し、京展賞第一席を受賞。京都市美術館買上げと
    なる。
    文部省「第4回日本美術展覧会」に《少女(野辺に)》を出品。
1949年 京都市立美術専門学校(※1)助手となる。「第5回日本美術展覧会」に《馬》を出品。
1950年 京都市立美術大学(※2)助手となる。
    当時京都市立美術大学助教授だった秋野不矩氏の勧めにより、「第3回創造美術展」に
    《五条坂》《踊子》を出品し初入選する。
1951年 創造美術と新制作派協会が合同し、新制作協会として発足。
    「第15回新制作展」に《影》《旅へのいざない》を出品し、新作家賞を受賞。
    新制作協会の会友に推挙される。
1952年 アメリカ大使館主催の「サロン・ド・プランタン展」に《清水坂》(※《五条坂》
    (1950年)のことか)を出品し、第一席賞を受賞。
1953年 「第17回新制作協会展」に《高原》《女》を出品し、新作家賞を受賞。
1954年 「第18回新制作協会展」に《母子》《髪》を出品し、新作家賞を受賞。
1955年 「第19回新制作協会展」に《女》《母娘》を出品し、新作家賞を受賞。
1956年 「第20回新制作協会展」に《双鶴》《野鳥》を出品。新制作協会の会員に推挙される。
1958年 はじめての個展(京都・撰美堂画廊)を開催
1959年 石本正・加山又造・横山操を会員とする轟会(村越画廊)が発足。大作を発表する研究会
    的な展覧会として話題となり、特に《横臥舞妓》が注目を浴びる。同会は毎年開催され、
    石本は第15回展まで出品した。
1960年 東京国立近代美術館主催の「日本画の新世代展」の出品者に選ばれ、《桃花鳥》を出品する。
    (同年開催の村越画廊・弥生画廊主催の新作個展に出品後、翌年文部省買い上げとなる
    (東京国立近代美術館蔵)。京都市立芸術大学講師となる。
1964年 はじめてイタリアに取材旅行に行き、憧れつづけた数々のロマネスク期のフレスコ画の素晴
    らしさに衝撃を受ける。
1966年 京都市立美術大学助教授となる。
1967年 「現代日本画鬼才三人(石本正・加山又造・横山操)展」(毎日新聞社主催、そごう神戸展)
    が開催され、《飛騨の酒倉》《早春賦》などを出品。
1968年 現代作家シリーズ第2回石本正風景画展・古い日本の風景(銀座・彩壺堂サロン)
1969年 学生や卒業生とともに62日間のヨーロッパ美術研修旅行に行く。外国語のガイドブックや
    画集など多くの資料に目を通し、一人で綿密に旅行計画を練り上げた。以降、この旅行は
    1989年まで計11回に渡り行われた。
1970年 石本正人物画展(銀座・彩壺堂サロン)
    京都市立芸術大学教授となる。
1971年 3月19日、前年の個展で発表された《横臥舞妓》などに対し、第21回芸術選奨文部大臣賞
    (美術部門)を贈られる。
    3月24日、内的世界を画面に確立した舞妓裸婦や風景作品などが評価され、第3回日本芸術
    大賞(新潮文芸振興会)を贈られる。特に審査員の一人であった川端康成がこの受賞を
    推したとされる。 以後、全ての賞を辞退。
1972年 石本正人物画展(銀座・彩壺堂サロン)。この時の発表作品のうち《踊子》や《二人の踊子》
    などの作品が、同年4月に逝去した川端康成の文学に登場する女性像を彷彿とさせると話題
    になる。
1973年 1〜12月 芸術新潮に『画家のことば』を連載。
1974年 京都・西安両市の友好使節団として西安・北京を訪問。
    新制作協会日本画部会員37名全員が退会し、新たに「創画会」を結成。行動を共にする。
1976年 石本正作品展(東京セントラル絵画館)。女性像の華麗さに厚みが加わったと評される。
    (梅原猛『石本正の裸婦』〈芸術新潮〉第28巻第1号、1977年1月)による。
1979年 石本正裸婦展(東京セントラル美術館)
    梅原猛氏ら美術関係者とともに中国へ写生旅行。
1982年 インドに写生旅行。とくにカジュラホの寺院群遺跡の壁一面に彫られた男女神の交合像
    (ミトゥナ像)の女神たちの見事な曲線を見て「これは絵になる、描き方がわかったと
    思った」という。カジュラホには、2年後にもう一度訪れる。
1983年 石本正作品展(東京セントラル美術館)
1986年 京都市立芸術大学を退職。同大学名誉教授となる。
    京都芸術短期大学客員教授となる。
1987年 石本正人物展(兼素洞)
1989年 「石本正 花展」(兼素洞)新聞において「花のいのちの哀切な美しさをとらえた」
    「女体美に限りない目を向けてきた石本の露をすって開いた花々」などと報じられる。
1991年 京都造形芸術大学開学。同校教授となる。
1996年 「石本正展−聖なる視線のかなたに−」(朝日新聞社主催)が東京・京都・大阪・下関・
    松江で開催される。浜田市世界子ども美術館名誉館長となる。
1997年 島根県那賀郡三隅町に作品寄贈を申し出、三隅町が絵画の寄贈受諾と美術館建設の意向を
    表明。
2001年 京都造形芸術大学客員特任教授となる。
    三隅町立石正美術館(2005(平成17)年より浜田市立石正美術館)が開館し、同館名誉館長
    となる。
    「石正美術館開館記念 石本正展」(朝日新聞社主催)が東京、福岡、京都、三隅で開催
    される。
2003年 石本がこれまでの画家生活で、はっきりと感動を覚えた作品のみを集めた「日本画の
    未来(あした)」展(浜田市世界こども美術館)を開催。「文化は流行ではなく、心や気持ちが
    一番大事だということを浜田から全国に発信して欲しい」という画家の願いを受け、浜田市が
    作品を買上げ実現した。
2004年「石本正 花の夢」展(天竜市立秋野不矩美術館、浜田市立石正美術館)
2005年「石本正展」(箱根・芦ノ湖成川美術館)開催
2006年「思い遥かに 石本正展」が東京・京都・名古屋・横浜の高島屋ならびに石正美術館で開催
    される。
2007年 初の自選展「石本正自選展 感動こそ我が命」(浜田市立石正美術館)開催。
2008年「石本正米寿記念 心で描いた日本画展」開催。(一畑百貨店(松江)、浜松市美術館、
    京都造形芸術大学、石正美術館)
2009年 石正美術館に、塔天井画完成。(石本の発案による一般市民参加型の事業)
    京都中央信用金庫創立70周年・石本正画業70周年記念「石本正展」(中信美術館)開催。
    以降、2015年まで毎年新作展を中信美術館で開催。
2010年 浜田市立石正美術館に新館オープン。「石本正卒壽記念 今伝えたい思い」展 開催。
2013年 平成25年度川端康成生誕月記念企画「日本画家 石本正展 −川端康成が惹かれた美−」
    開催(茨木市立川端康成文学館)
2015年 9月26日、不整脈による心停止により逝去。享年95才
2016年 没後一年回顧展「石本正 魂の軌跡」(浜田市立石正美術館)開催。

石正美術館HPにリンク

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